ラッセンの作品の種類

ラッセンは何故商業芸術家と酷評されるのか?人気になればなるほどある種の否定はつきものです。ブーム再燃の経緯やラッセンの思いの一端を語ります。

ラッセンは作風が変わるといった時期はなかった?

ラッセンはかつての画家のイメージとはかけ離れた、スマートでイケメンなエンターティナーです。

そんな彼にライバルはいたのか、考えてみましょう。

■群雄割拠の19世紀末はライバルだらけ。

フィンセント・ファン・ゴッホとポール・ゴーギャンはともに印象派の画家として同じ道を歩み、まったく絵が売れなかった赤貧の時代からとても仲が良く、共同生活をするほどの時期を過ごしていました。

当然お互いに影響を受け、激しい論争やケンカまがいの日々を送ったこともあったと多くの専門家が書き記しています。

19世紀末のころは、画家は世の中に存在を知られていましたが、群雄割拠の時代に入り、ゴッホやゴーギャンのように、天才は降る星のごとく輩出されていきました。

■ライバルなどいなくても出世できる現代。

いわゆる当時は印象派が大輪の花を咲かせた時代で、ライバル同士が互いを酷評し合って作風を高めていったのです。

では現代に生まれたクリスチャン・ラッセンはどうかというと、インターネットやSNSもなかった時代とは異なり、“世に出るタイミング”は一夜にして訪れます。

ラッセンのように、自分とのみ向き合って一風変わった絵を描いている画家がいたら、それを画商がめざとく見つけ、あっという間にビジネスモデルをつくりあげてしまいます。

■現代に生まれ合わせた画家などは、ラッセンでなくても、互いに切磋琢磨するような相手がいなくてもスターになれてしまいます。

ラッセンは小さな頃から海と向き合って対話し絵を描いてきました。

俗に言う下積み生活のエピソードやライバルはいません。

したがって影響を他者から受けたことも皆無です。

“独特な自分や技法”がそのまま認められてしまう時代。

物足りなくもありますが、それが現実です。

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